死神が予備校にいた。彼はりんごばかり食べていた。
予備校にいた、死神の話。
僕が通っていた予備校には死神がいた。
その死神は毎日りんごばかり食べていた。
みんな知ってると思うけど、死神はりんごしか食べないんだ。
死神は昼休みになると、予備校の地下にあるリフレッシュルームに降りてくる。
そしてハンカチから一つのりんごを取り出し、両手で大事そうにもって、まるかじりする。
「死神が、毎日昼休みにりんごをまるかじりしている」
僕はそれをいつも、不思議そうに見ていた。
なんでりんごなんだろう。
ずっと不思議だった。
でもりんごをまるかじりする彼は、死神のくせになんだか神々しく見えて、
少し離れたところからそっと見るくらいしかできなかった。
神々しく見えるのには理由があった。実は彼にはもう一つ名があったのだ。
ザビエル。
それは明らかに彼の髪型に由来していた。
彼は御年50歳。
予備校には再受験組が割りといたので珍しいことではない。しかし、
「ザビエルという死神が、毎日昼休みにりんごをまるかじりしている」
こうなってくると一気に珍しくなってくる。
時がたってセンター試験前。
そんな彼は、みながそろそろセンター試験に向けてエンジンに火を入れ始める9月、
予備校からいなくなった。
ここで僕はようやくわかった。
そうか。本当は、彼は人間だったんだ。
知恵の実(りんご)を食べてしまったせいで、
楽園(予備校)を追い出されてしまったんだね。
いつも人間は、禁忌を犯して追放される。
僕もいつか、大学に合格するという禁忌を犯して予備校を追放されるのだろう。
そんなことを思って、僕は禁忌を犯すべくセンター試験の勉強に没頭した。
「ザビエルという死神が、毎日昼休みにりんごを食べていたが、センター試験を目前にして消えた」
これで話は終わったはずだった。
でも真相は全然違った。
後ほど僕は友人から聞いた。
死神は、りんごを食べたから楽園追放されたわけではなかった。
別の禁忌を犯したのだ。
死神は婚活をしていた。
後から聞いた話だ。死神は受験のために予備校にきていたのではなかった。
予備校で婚活をしていたらしい。
予備校で婚活。新しい。
彼はめぼしい女性がいると突然近づき、こう言った。
「友達からどうですか?」
どうですか?、と言われましても。
こんなことを繰り返しているうちに、いろんな生徒から被害届がだされ、
ついには楽園を追放されてしまったらしい。
うちの予備校は3つ目の楽園だった。
彼は他の予備校でも同じことを繰り返していた。
そのたびに楽園を追い出され、予備校を転々として、
うちの予備校にたどり着いたようだった。うちは3つ目の楽園だった。
結局、この楽園には見切りをつけ、次の楽園を目指したのだろう。
「ザビエルという死神が、
毎日昼休みにりんごをまるかじりしていたけど実は婚活もしていて、
ついには追い出されてしまったけど、次の楽園に移動しただけだった」
盛り沢山すぎやしないか。
きっと
今でも彼は、生涯の伴侶をもとめて次の楽園を目指している。
僕は、彼が幸せになってくれたらいいなと思っている。